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1997年1月、妻が手足の痺れを感じて緊急入院しました。
症状は原因不明の手足の痺れ。病院でMRI検査したところ第1頚椎から第7頚椎まで「幅広い影」があるのが判明し、一時は脊髄内腫瘍と診断され夫である私は妻が「余命1年」であると宣告されるに至りました。
結果的にはそれは腫瘍ではなく「多発性硬化症(国の指定の難病です。未だに治療方法が確立していません)に症状が酷似する原因不明の症状」ということで妻は4ヶ月間入院し、未だに病名とその原因については分かっていません。たくさんの検査やステロイド大量投与などでようやく回復した妻は現在普通に生活できるまでに回復しました。
1996年10月に結婚し、新婚当時でまだ未熟だった私にとっては非常に辛い出来事でした。
当時の私と同じように病気の家族を持つ方、私が体験した状況なんて比べものにならないくらいの辛い思いをしている方は、世の中には沢山いらっしゃると思います。当時の私も周りの人に「もっと苦しい思いをしている人は沢山いるんだから」と言われ励まされました。でも当時の私は聞き入れることが出来ませんでした。どうなるか分らない不安感、焦燥感、表現しようもない苦しい気持ち。誰か同じ様な体験をした人がいないか、そのような人は治療法が分かっているんじゃないか、辛いのは世界で自分一人なのか?そんなことを考えてインターネットをさまよったこともありました。
2003年、妻は2度目の発症をしました。
インフルエンザを発症し、歩けなくなりました。おかしいと思い、急患で病院に駆け込みました。インフルエンザから髄膜炎を併発し、そして、1997年と同様の症状を発症しました。そして、3ヶ月間入院しました。
ついに、多発性硬化症と病名がつけられました。僕はそんな家内に、心配や迷惑ばかりかけています。
正直まだこの日記は完成していません。じっくりと時間をかけて、整理していきたいと思っています。
この闘病日記を読んで、これを読んでいただいた人に何かを伝えられる事ができればと思っています。 |
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