1996.12.14  〜妻が体の不調を訴える〜

妻の体調の異変に気づいたのは12月に入ってすぐだった。微熱が続いた。37.2〜3℃の微熱だった。妻はもともと冬には必ずと言っていいほど風邪を引いていたのだが。
妻はいつもの風邪だと思っていたらしい。私は仕事で激務が続いたのと、時節柄忘年会シーズンでもあり、日毎に帰宅時間が遅くなっていく。私は妻の体調はいつものこととあまり気にはしていなかった。
妻は風邪薬を毎日のように口にしていた。私は風邪をひいてもバファリンを飲めば一日で治ってしまうようなタイプだったので、妻の風邪が長引くのには驚いていた。これも結婚して今まで他人だった二人が一緒に住んで分かった事で、それまでは妻の風邪のひきかたなんて分からないかった。こんなところに私の知らない妻の姿があることに驚いた。
この頃は、本当に私は仕事と付き合いで精一杯だった。当然いつも帰宅時間は遅くなり、帰って家のドアを開けると、苛立っている妻がそこにいた。
「何で毎晩こんなに帰りが遅いの」
「仕方がないじゃないか。急に仕事が入っちゃったんだから」
体調が悪いのも妻の不安を駆り立てているんだろう。私も疲れていたし正直妻の我侭にしか聞こえなかった。
毎晩こんな喧嘩が絶えなかった。
それまでは妻は私のことを本当に良く理解しているのだと思っていた。仕事もそうだし、私のやりたいことをやらせてくれる。家のことはすべて任せていられる。妻は私達の家を誇りに思っていて、私が仕事に出掛けてから妻の家での「仕事」が始まる。掃除、洗濯、買い物、炊事・・・・。すべて妻は完璧にこなそうと考えていたし、そして完璧にこなしていた。そんな妻を私は「最高の妻」だと感じていた。
しかしそんな喧嘩が続き、少しだけ妻との距離ができたような気がした。
妻は世の中でいう「お嬢様」であると思う。実家の父親は小さいけれど企業のオーナー社長だ。結婚までは母親と三人家族で幸せに暮らし、妻は「何の苦労もなかった」という。私も苦労は知らないタイプだとは思うが、その私でさえ羨むような家族であった。そんな中で妻は育った。
結婚前にはそんな環境で育った妻に正直不安を感じた事はあった。生まれた時から苦労を知らず実家で育った妻が、私のような自由奔放な夫と一緒に二人で生活できるのか。二人だけの生活、自立した生活に耐えられるのだろうか。ただ、そんな不安は新婚生活が払拭してくれた。妻は妻としての役割を最大限にこなしていた。こんなに完璧にこなす妻は・・・。本当に最高の妻だと感じた。
この日は妻の微熱が続き、そして体に異変が出た。妻は左肩の首の付け根が無性に痒いという。とにかく痒くて仕方がないと妻は言う。自分の身体に起こっている異変への不安と、私との夫婦生活が少しだけずれてきていることへの不安。その二つが一緒になって妻の顔に表れているようだった。
私は妻との生活がうまくいっていなかったこともあり、妻の言っていることが少々甘えているように聞こえていた。私は妻の異変をあまり問題にせず、軽く考えていた。
「薬だか何かのかぶれだろ」
私はそう言った。

しかし、これが妻の長い病の始まりだった。


↓下から選んでください。